Prehistory ブランドオフ前史・ファウンダー物語

ブランドオフ前史・ファウンダー物語

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すべての物語には、はじまりがある。

株式会社ブランドオフの創業者、安山勉は、いかにして生まれたのか?

…代表取締役社長 安山勉と、専務取締役 東口浩…
「ブランドオフ兄弟」は、いかにして生まれたのか?

これは、ブランドオフの前史「はじまりの物語」である。

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【志】

「あなたはどうして、起業をされたのですか?」
様々なインタビューの中で、安山勉が、幾度となくされてきた質問だ。
安山はこう答える。
「なぜなら私は、男だからです。」
男たるもの、立身出世を胸に、私利私欲ではなく、世の為人の為に、志を立てんと。
最初にあったのは、そんな単純な志のみだ。
美辞麗句で飾り立てた、耳触りの良いコンセプトなど、何もない。
人々が感嘆するような、時代の寵児となるような、シンボリックな精神なども、何もない。
「そこに山があるから」と答えたのは、登山家のジョージ・マロリー。
安山が事業を展開する理由は、それと同じだ。
男として生を受けたなら、世の為人の為に人事を尽くす。
登るべき山は、そんな志さえあれば、見つける事ができるのだ。

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【幼き兄弟】

幼年期の安山勉は、少しもじっとしていられない程の、活発な少年だった。
小学校から駆け足で帰り、ランドセルを玄関に投げ込むと共に「行ってきます!」と言うような。
古都金沢の格式高い街並みの中で、色濃く残る自然の中で、彼の血肉は形成されていった。

一方、その兄、四歳年上の東口浩は、落ち着いた静かな少年だった。
小学校から帰ると、正に本の虫。好きな本を読むときの集中力は、並はずれたものだった。

後の 株式会社ブランドオフ、代表取締役社長 安山 勉 と 専務取締役 東口 浩。
全く異なるタイプは違うが、非常に仲の良い兄弟であった。
お互いの長所を認め合い、短所を補い合う。
お互いが好きな事をしながら、何故か心地よく調和する。
そんな関係は、幼年期から形成されていた。

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【事業の根】

安山勉と東口浩の両親は、加賀市内で焼肉店を経営していた。
店はいわゆる繁盛店で、「この事業を買いたい」「法人化して多店舗展開したい」などと、
申し出てくる人も多かった程だ。

家が商売をしている関係上、両親は自宅に不在な事が多く、幼い兄弟は、二人で過ごす事が多かった。
しかし、決して「さびしい」という思いは無かった。
幼心に、「仕事」というものの大切さ、身を粉にして働く両親の姿を目の当たりにし、
自分の事は、何でも自分で片付けようとする、自立心の高い子供となっていった。
そしてその自立心は、いつしか安山勉の起業心を形成していった。
「僕もいつか、一国一城の主となるぞ。」
「世の為人の為に働くぞ。」
そんな思いの根っこは、既に幼年期に生まれていたのだ。

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【兄の道】

同じ家に生まれた兄弟の道は、兄である東口浩の高校卒業と同時に分かれる事になる。
東口は、卒業後の進路を、当時一世を風靡していた「大阪あべの辻調理専門学校」に決めた。
家業や世相の影響で、一流のシェフを目指そうとしたのだ。
東口が家を出た事で、兄弟は盆正月に顔を合わせるだけの仲になる。
東口は、調理師学校卒業後、シェフとして有名ホテルでの修行を重ねた。
その後、家業であった焼肉店を売却し、当時流行していた郊外型の喫茶店をオープンさせ、
喫茶店のマスターとして、調理と接客の両方に従事していた。
そんな折、地元に開業するホテルから、ヘッドハンティングを受けた。
東口は、レストラン部門とバンケット部門、二つの部門でマネージャー職を務める事になる。
さらにその後、高級ゴルフクラブからのヘッドハンティングを受け、支配人として働く事になる。
正に、接客やコミュニケーションマネージメントのプロフェッショナルとしての道を、歩いてきたのだ。

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【弟の道】

弟の安山勉は、高校卒業後、地元の銀行に就職する事となった。
銀行という場で、財務の基本や、会社の事業構造などを、若くして学ぶ事ができた。

しかし、一生このまま、サラリーマン生活を送っていくのか?…という自問自答に対し、
安山はやすやすと「NO」という結論を出した。

銀行は一年ほどで退職し、自分の進むべき道を模索した。
若くして起業できる選択肢を考えた時、「飲食店が早い」と思いついた。

そこで、焼鳥のFCを行っていた企業に加盟し、19歳の若さで焼鳥店のオーナーとなった。
事業は順調で、二十歳そこそこの安山が、銀行の部長クラスの手取りを得る事になる。
しかし、この事業の廃業も早かった。「単価×席数×回転率」という商売に、早くも天井を感じたのだ。
思い立ったら吉日、安山は繁盛店だった焼鳥店を売却し、何か事業を起こそうかと考えていたが…
そんな折、知人の会社からヘッドハンティングを受ける。成長著しい、アミューズメント業界だ。

安山は、二十歳を過ぎたばかりの若輩者だ。
アミューズメント施設のマネージャー職で学びながら、起業のタイミングを図ろうと考えた。

安山は、アミューズメント事業の、運営を任される事になる。

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【アミューズメント】

安山は、起業への志を燃やしながらも、それを静かな炎として胸に秘めた。
片手間に出来る仕事などない。
真剣に物事に対峙しなければ、仕事から学ぶ事はできない。
目の前にあるアミューズメント施設の運営に、心底注力しようと考えたのだ。

当時のアミューズメント施設は、タバコの煙が充満し、男性客が主流という状態だった。
しかし安山は、業界の発展のためには、もっとクリーンなイメージが必要だと考えた。
レディースゾーンやスモーキングゾーンを創設したり、BGMをヒーリング音楽に変えたり、
トイレやフロアを改装し、清潔で心地よい内装にしたり、試行錯誤の上、次々と改革をしていった。

そんな中、女性客を増やさなければ、この業界の成長は頭打ちである事が明確に分かってきた。
そこで安山は、女性に喜ばれる景品を揃える努力をした。

その当時、女性向けのアミューズメント施設の他店の景品といえば、
粗悪な偽物ブランド品ばかりであった。
「他店が偽物でも、うちで扱う商品に、偽物は許さない。」
「なぜ偽物ばかりなのか?」「何とか本物を入手できないのか?」
安山は、思考錯誤の結果、海外の本物のブランド品が手に入る、流通ルートにこぎつけた。

安山は、アミューズメント施設の景品に、
本物の一流ブランド品を揃える事になった。

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【女性の笑顔】

安山が運営を任されていたアミューズメント施設は、女性が来やすい施設として評判になった。
当時、あまりよくないイメージもあった業界に新しい風を吹かせ、
メディア取材の対象になるほどだった。

安山が景品にと調達した「本物の一流ブランド品」は、予期せぬ事が起こった。
それは、景品としての好評ではなく、商品としての興味の声だった。

普段、アミューズメント施設に立ち寄った事の無い層の女性たちが、こぞって来店する。

「本物のブランド品がもらえるお店はここですか?」
「このバッグ、景品でもらえるんですよね?」
「このバッグ、本物のヴィトンですよね?」
「金沢に、ブランド品って売ってないんですよ。」
「自分のバッグが偽物だと気付いて、ショックだったんですよ。」

安山がプライドを懸けて扱う「本物のブランド品」を求める多くの女性たちで溢れかえった。

…そして…
安山が仕入れた、本物のブランド品を手にした女性たちは皆、弾けるような笑顔を見せた。
そして口々に「ありがとう」という感謝の言葉を口にした。

安山は、ここに、起業の種を見つけた。

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【メルシー】

心を込めて、真摯に商売をしていたら、お客様から「ありがとう」という言葉を頂戴する。
アミューズメント施設での出来事を胸に、海外ブランド品の本物を扱う、並行輸入の店を開店。
フランスのブランド品を主に扱っていた事から、「メルシー」と名付けた。

安山 勉 29歳の事である。

メルシーとは、フランス語で「ありがとう」の意。
目の前の仕事に誠実に取り組んでいった事で、得られた境地だ。
「海外ブランド品を扱う店を展開する。」
安山は、そんな山を登ろうと決意した。

メルシーは当初、新品の商品のみを扱う店だった。
しかし、メルシーで買物をされたお客様が、次のシーズンに、
別の新しい商品を欲しがっている姿を目の当たりにした。

ブランド品は、高級品である。そう易々と買えるものではない。
安山は、ブランド品の買取と、リユース商品の販売を思いつく。

「ブランド品 × リサイクル」
この図式の誕生だ。

お客様の声に耳を傾ける事が、進むべき道を拓く。
安山の起業精神、事業展開精神は、そんな真摯でまっすぐな気持ちから生まれたものであった。

そして物語は、
「ブランドオフ」へと続いてゆきます。

モノをつなぐことで、ヒトをつないでいる。Brand Off Tokyo